グリーンシートと株主コミュニティの歴史 ―日本の資本市場の歩みー/馬渕磨理子

2020年6月30日 コンテンツ

未上場企業への資金調達を円滑にし、投資家の換金の場を確保する目的で、1997年に華々しくスタートしたグリーンシートですが、2018年に約20年の歴史に終止符を打っています。

なぜ、グリーンシートは廃止されたのでしょうか?

そして、それに代わる受け皿は日本には存在するのでしょうか?

日本における、未上場企業の資金調達の環境は、2020年の現在も課題が山積みであり、国を挙げて力を入れている分野です。未上場企業が資金調達を円滑に行うことによって、国内のイノベーションの芽が育っていくことは、今後、日本が世界の中で活力を持って生き残っていく「カギ」となっています。日本の資本市場の裾野を広げる取り組みは道半ばなのです。

今回は、未上場企業の資金調達環境整備の過程を振り返るとともに、現状の制度を見ていきましょう。

目次

グリーンシートとは、日本証券業協会が1997年7月から未上場企業への資金調達を円滑化すべくスタートしました。しかしながら、徐々に登録企業が減り、2018年3月31日をもって廃止されています。グリーンシートの誕生の背景には未上場企業への資金調達を円滑にし、また投資家の換金の場を確保する目的で、金融商品取引法上の取引所市場とは異なったステータスで運営されていました。

グリーンシート銘柄は、成長性がある「エマージング」と、審査の結果、適格であると判断された「オーディナリー」、優先出資証券や投資証券のうち審査の結果、適格であると判断された「投信・SPC」の3つに区分されていました。

最も銘柄が多かった時期は、2004年の96件であり、それ以降は減少傾向が続き、18年2月28日時点で、エマージング1銘柄、オーディナリー7銘柄の計8銘柄の登録に至り、18年3月31日には、全ての銘柄がグリーンシート銘柄指定の取り消しと取り扱い会員の指定の取り消しとなり、グリーンシート市場は幕を閉じました。

(日本証券業協会データより当社作成)

グリーンシートの廃止については、日本証券業協会の広報担当者によると「ひとつは、スタートアップ企業が資金調達をしやすいよう、マザーズなどの新興市場の上場基準が引き下げられたことで、グリーンシート銘柄制度がもつ上場株式市場の補完的役割が薄れてきたこと。もう一つは、グリーンシート銘柄には上場企業と同様に情報開示の義務があり、それが未上場企業にとって重荷になっていたことです。」と説明されています。

グリーンシートは、成長性のある企業を呼び込む狙いもありましたが、20年間で東京証券取引所などに上場した企業は約15社にとどまります。

日本では、なぜグリーンシートは利用が広がらなかったのでしょうか?

ターニングポイントは05年の制度改正です。信頼性を高めるために導入した適時開示義務を入れた点が市場の拡大の足かせになりました。この情報開示負担は取引所に上場している企業と変わらないレベルの負担です。

具体的には、

・グリーンシート銘柄にもタイムリー・ディスクロージャーの義務を課し、適時開示情報伝達システム(TDnet)による開示を要求する。

・協会でグリーンシートの銘柄の売買監理を行う。

・協会による発行会社に対する照会、資料徴求制度、売買停止制度を導入する。

この05年の制度改正に対して、野村資本市場研究所「グリーンシート制度の見直しとその問題点」(2005年)の中で、大崎貞和氏は「グリーンシートの自由度と柔軟性を奪う過剰規制であると言わざるを得ない」と述べています。タイムリー・ディスクロージャーの要請に応えるためには、企業側は相当のコストと体制整備を行われければならないのです。これから、事業の成長性を加速させようとする企業にとって、適時開示の義務に対応できる企業が多くないのは想像に難くないでしょう。この制度改正以降、登録企業が減少の一途をたどることになったのです。

信頼性の担保ももちろん重要ですが、制度は利用されなければ、何の意味もないのです。

どの程度の負荷がかかり、どの程度ならば、運用を継続できるのか。このあたりは、常に現場の企業の意見を取り入れることが、今後は、求められることになるでしょう。

このように、グリーンシートは活性化が望めずに廃止に至りました。そこで、日本証券業協会はグリーンシートに代わる未上場株の発行・流通制度として「株主コミュニティ」を制定しました。地域に根ざした事業を手掛ける未上場企業に投資しやすくするもので、証券会社が銘柄ごとに株主コミュニティを作り、自らの意思でコミュニティに参加した投資家だけが売買できる制度です。企業にとっての魅力はコミュニティに対して新株を発行することで資金調達が可能になります。

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2015年にスタートした「株主コミュニティ」は、累計売買金額が2016年2月には1億円、2017年10月には10億円を超え、2019年11月22日までに20億円を突破しています。

(日本証券業協会のデータより)

取引量は着実に増加してきてはいますが、まだ取引量が少ないと感じるのではないでしょうか。株主コミュニティは上記に述べたグリーンシートにおける課題から、適時開示義務をなくしています。その代わりに、証券会社は不特定多数の個人には勧誘できない制度になっています。このあたりを詳しく解説しましょう。

まず、株主コミュニティの組成・運営を行おうとする証券会社は、日本証券業協会に事前の届出を行い、運営会員としての指定を受ける必要があります。その上で、株主コミュニティは自主規制規則により、主に次のような規制が設けられています。

① 証券会社は、株主コミュニティ銘柄として取り扱おうとする株式とその株式を発行する会社及び事業の実在性、法令順守状況を含めた社会性や反社会的勢力との関係等を審査し、適当と認めたもののみ、株主コミュニティを組成することができる。

② 証券会社は、投資家の方が株主コミュニティへの参加を申し出た場合のみ、株主コミュニティへの参加手続を行うことが認められている。

③ 証券会社は、株主コミュニティへの参加者に対してのみ株主コミュニティ銘柄の投資勧誘を行うことが認められている。

④ 証券会社は、株主コミュニティ銘柄名や会社のウェブページの URL 等の基本的な情報 を公表する。

株主コミュニティを利用しにくいものにしている点は、上記の中でも②と③でしょう。

投資家側は、株主コミュニティを組成している証券会社ごとに口座を開設し、株主コミュニティに参加する手続きを取ります。そのような、煩雑な手続きを経て参加した投資家に対してのみに、証券会社は投資勧誘が許されています。新規の利用者が拡大しにくい制度になっています。

現状、株主コミュニティを組成している証券会社は以下の6証券のみです。

今村証券株式会社、島大証券株式会社、大山日ノ丸証券株式会社、野村證券株式会社、みずほ証券株式会社、みらい證券株式会社

この点に関して、グリーンシート銘柄の取り組みにおいてパイオニアであり、株主コミュニティ制度の制度設計にも関わってきた、今村証券株式会社 取締役社長 今村九治氏の意見が参考になります。

今村氏によると、株主コミュニティの課題として、「銘柄によっては売買が低調であるため、流動性が低い」、「勧誘行為が禁止されていることも障害となっている。現在、コミュニティ参加者が著しく少数の銘柄もあるが、投資家が自発的に参加を申し出するのを延々と待ち続けるしか手段がない」と流動性の低さと勧誘行為の制約について、運営の難しさについて、言及しています。

既存の株主コミュニティは1対1の相対取引ですが、もし、株主コミュニティ内の銘柄をネット上で個人投資家同士が売買できたらどうでしょうか?未上場企業の「市場(マーケット)」が形成されることで、これまで問題視されていた未上場株式の流動性の向上が期待できると思います。

株主コミュニティを組成・運営するには、第一種金融商品取引業の登録が必須条件です。日本クラウドキャピタルはその登録を目指すことを2019年に発表しています。この登録が認可され、日本証券業協会より指定されれば、「株式投資型クラウドファンディング」と「株主コミュニティ」を組み合わせることで、さらに一歩、日本の資本市場の裾野を拡げることになります。

日本における、未上場企業の資金調達環境を整える仕組みは、日本証券業協会が取り組んできた歴史の積み重ねの上にあります。今回、見てきたように一歩一歩、課題をクリアして前に進んできています。

勧誘規制の点など、議論を深める必要がある課題はあるものの、株式投資型クラウドファンディングと株主コミュニティが横断的に繋がることによって、投資家に対して流動性の課題を解決に近づけるだけでなく、企業側にとっても、連続的な資金調達の可能性を提示することができます。新しい市場(マーケット)の構築には期待が寄せられます。

≪株式投資型クラウドファンディングについてはこちら

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